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不謹慎考

Posted on 3月 18th, 2011

「不謹慎だ」と簡単に言うのだけれど、じゃあ何に対して不謹慎なのかと問うた場合、今回の震災だと「亡くなった方」「行方不明の方」「被災された方」「親族が被害に見舞われている方」「現場で対策に尽力されている方」達になるだろう。

では実際にその人たちが「不謹慎だ」と訴えているのかといえばそうではない、あたりまえだ被災してる方々はそれどころではないし、訴える事が有るとすればそれは具体的なそれぞれの窮状に成るからだ。

つまり「不謹慎だ」と叫んでいる人達は高確率で被災しておらず、にもかかわらず勝手に被災者の代弁をしているという事になる、はたしてそれは慎み深い行動であろうか?

いや被災者の気持ちを慮ればこそだ、というかもしれない

しかし、もっとも被災者の気持ちに理解があると思われる阪神淡路大震災などの被災者達が今どんな発言をしているのかというと、過去の経験を語る事で少しでも被災者の役に立とうとされている方ばかりで、「不謹慎だ」などと観念的な批判ではなく「アレはしない方が良い」「こうしてくれたら助かる」と具体的なアドバイスを発信つづけている。

結局「不謹慎だ」と騒いでいる人達はただ単に騒ぎたいだけにすぎないのだ、では何故か?

一番シンプルな答えはこうだ
自分の中にある不謹慎を抑圧した者達が抑圧を解放している者の妨害しようと試みているのだ、嫉妬に狂って。

続くかも・・・

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不謹慎考空堀町のほほん奇譚

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