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理屈が物理的に立ちはだかる。

Posted on 8月 30th, 2010

論理や推論で自分的に自明な事柄について物理的な存在として処理する傾向が有ることにこの前気づいた。
前々からどうもおかしい(自分が)と思い色々考えていたのだが、この「物理的に」という考えがポイントだった。
あ、これだけでは何の事か分かり難いと思うのでがんばって説明しようと思う。

誰かと歩いていて足元に犬の糞をみつけたとしよう
「足元気いつけて」
おそらくこんな風に注意して、相手もすぐに気が付き犬の糞をよけるんじゃないかと思う。

では、前方の路地からボールが転げ出してきた場合はどうだろう?
この時相手が自動車の普通免許取得者であれば「前気いつけて」の一言で「後から子供が追いかけてくる可能性」に気づいてもらえるかもしれないが、そうでない場合「え?なんのこと?」と成るかもしれない。

つまり「犬の糞=物理的な存在」「後から子供が追いかけてくる可能性=推察される事柄」と考えた時に、推察される事柄を物理的な存在のように扱う癖が僕にはあるらしいのだ。

僕にとっては「犬の糞」同様に見えていて、回避方法も明確なので「気いつけて」と言って済ましたり、済まそうとするんだけれど「もっと説明と具体的な対策を」と聞き返されることがまれによくある、
「見たら誰でも分かるやん」と思うんだけれど、どうやらそうでも無いらしい。

先日有る事柄で「それは違うやろ」と問いかけたら「そういう考え方もあるかもね」と切り返された。
僕にとっては「考えかた」ではなく「単なる事実」だったのだが、当人にとっては選択可能な考え方のバリエーションだったらしい。
まぁ確かに物理的な存在とは違い考え方と言えば考え方には違いなかったので返答に窮した。
でまぁ、なんでそうなるねんと考えたら「僕からすれば選択の余地の無い話=代替えの無い事実」として扱おうとしたのが過ちで、そこも説明を積み上げないと駄目だったらしい。

世の中実に面倒くさい<お前がめんどくさいネン

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理屈が物理的に立ちはだかる。空堀町のほほん奇譚

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