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懐が無い

Posted on 6月 6th, 2012

例えば10人の人とコミュニケーションをとるとして
相手の友好度の良し悪しで整列させて

友好度:○○○△△△△×××

こんな感じの比率になった場合。
こちらの対応と言えばおおよそ鏡像になって

相手の友好度:○○○△△△△×××
自分の態度 :○○○△△△△×××

こうなるのはまぁ一般的な態度でしょう
まぁ、相性が非対称になってて鏡像にならない
場合もあるでしょうが、人数を増やしていけば
平均されて気にならなくなるレベルでしょう

で、ここで非一般的なパターンを考えてみた時

相手の友好度:○○○△△△△×××
自分の態度 :○△△△△×××××

こんな感じの人を「狭量」「こころが狭い」といい

反対に

相手の友好度:○○○△△△△×××
自分の態度 :○○○○○△△△△×

こんな感じの人を「寛容」「こころが広い」というのだろうと思う。

それで相手のこころの広さを僕たちがどうやって
推し量っているかというと、観測される個々のパターンにおいて

「相手○:自分△×」な態度が多い人だったら狭量かなぁとか
「相手△×:自分○」な態度が多い人だったら寛容かなぁとか

判断している訳だ。

「そんなの当たり前じゃん」と言うかもしれないが
実はこの話には続きが有って、広い世間には

相手の友好度:○○○△△△△×××
自分の態度 :×△×○×△×△○○

てな謎の反応を示す人々がいるんですよ!

こういう人を判断するのは非常に困難で
近くにいる人たちを注意深く観測する以外に無い訳です。

と言う訳で「相手△×:自分○」な態度が多い人だから寛容かなぁとか
安易に思ってはいけないというお話なのでした

その人は「懐が広い」んじゃなく「懐が無い」人なのかもしれませんよ?

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懐が無い空堀町のほほん奇譚

Filed under 言論の穴 |

2 Responses to “懐が無い”

  1. 歩駒 さん:
    6月 6th, 2012 at 1:43 PM

    >自分の態度 :×△×○×△×△○○
    >
    >てな謎の反応を示す人々がいるんですよ!

    僕はあまり近付かなかったのですが
    前職で取締役やら監督をされてた人が正にコレで
    周囲がよくボヤいてましたね。

    まあ、個人に対する誹謗中傷は一先ず置いといて
    こういう場合って、相手が情緒不安で移り気が激しいか
    相手と自分の判断基準が大きく違ってるんでしょうね。

    偏見かもしれませんが芸術家に多い気がします。

    ただ逆に僕は誰からも寛容に振る舞ってしまう人てって嫌いなんですね。
    心の広狭から言えば、広くて関わり易い人なのかも知れませんが
    誰から見ても寛容という事は、判断基準が極めて常識的
    要するに保守的だと思うんですよ。

    無害で関わり易いので、善人と判断され易い方かも知れませんが
    僕はそこまで保守的な人は存在自体が悪の範疇に入る考えています。

  2. Nebo さん:
    6月 7th, 2012 at 11:18 AM

    >歩駒 さん
    う~ん言葉のイメージの差だとは思うんですが
    僕の感じる寛容って「忍耐」もふくむので、例え本人が保守的であっても、革新的なものに対しても態度を変えず許容して行ける姿勢なんじゃないかと思っています。歩駒 さんのいう内容だと僕の場合「人当たりが良い」「外面が良い」のような表現を使います。

よろしければコメントをどうぞ


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