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幸福にする力と不幸にする力

Posted on 1月 22nd, 2012

中学生のころだったかな

「幸せ」って相対的なもんだよなぁ
ああ、じゃあ一生通してみたら「+-0」なのかも

って考えた。

宗教の話考えてて「誰かを幸せにする力」が存在するのであれば
その力は同時に「誰かを不幸にする力」になり得るんじゃないのか?
と漠然と思った
「科学は使うものによって~」というよくあるアレみたいなもんだ

一般論として適当に「宗教に触れることで幸せになる人はいる」のが
正しいって言えちゃうのなら、同じく適当な感じで
「宗教に触れなければもっと幸せになった」だっていえそうな気がするのは
僕が基本的に「人が幸せになる為に宗教は必要ではない」と考えているからだ。

ただ「宗教は不要だ」なんて単純な話であろうはずがなく
ではこの話がどこへいくかを思い巡らせるうちに「思考停止を活用する」を思い出し

武術において各流派を形成する基本的な「型」って「有用な思考停止」じゃね?

とひらめいた。

スポーツにおける基礎訓練だってそうだ。
長い間時間をかけてはぐくまれた「定石」「型」は「有用な思考停止」なんだね。

じゃぁきっと宗教が教えてくれるいろんな考えかたや儀式にだって意味があるんだ
幸せは勝ち負けで争えるもんじゃないけど。
僕たちが幸せになるための「型」が散りばめられているんだね

うん、手を合わせて「いただきます」っていわずに飯を食う奴は幸せになんてなれないんだよきっと

え?それは宗教とは違う?

ん~どうなんだろ。

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