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思考停止と思考放棄

Posted on 1月 16th, 2012

今日思わずRTしてしまったつぶやき

@unkotaberuno
中川淳一郎

「想像力が欠如している」「思考停止状態になっている」と頻繁に言うヤツはバカ。これは間違いない。なぜかというと、こいつらは具体的な改善案を言えねぇから。さっさと「お前が言ってることはくだらん! つまらん! なんでここに余計な青い色が入ってるんだ! やり直し!」と明確な指示出せ

震災以降、被爆リスクについて考える機会が多くなったのだが正直「思考停止」しないとやってられない場面は結構ある。
というか、リスク管理って突き詰めていって”ある一定ライン”を超えるとそれはもうケースバイケースで個々に判断するしかなくなるので正解というものは無く、結論を自分で決心するしかない。

子供が居るひとには覚えがあると思うのだが「予防接種」に付きまとう副作用の話なんて同意書にサインするときのなんともいえない感じとか、それはもう自分で決めるしかないし決めた後は考えても仕方ない、逆に言えば思考停止しないと決められないのだ。

PKAさんのわかりやすい放射性物質の影響に関する講義
http://togetter.com/li/238300

↑が非常に安心してヒトに進められるのはPKAnzugさんがそのことを良くご存知で判断するための材料提供をどのようにするのかという視点で非常にバランスよくリスクについて説明されているからで、本当に相手に思考停止して欲しくなければ、両論列記してさぁ選んでくださいと語りかけるのが正解なのだ。

そこで最初のツイートにもどる
ある場面で「なんとなく安全そうだは思考停止だ」といい別の場面で「危険だと判断するしかない」と言い分けることはリスクについて十分検討をした後なら「思考停止≒判断する」となる以上「詭弁」でしかないのだ。

「思考停止だ」といわれた場合は相手がそんな詭弁を弄していないか十分に注意する必要があるだろう。

とはいえ、実際に思考停止してどうしようもないツイートもままあったりする(^^;

そんな時はこういってあげよう「思考放棄だ」と。
「思考停止≒判断する」となるのは十分検討をし”ある一定ライン”を超えた場合でそれ以前に立ち止まってしまっている場合は、まだまだ思考する余地が残されているのだから、それを表現するには「思考停止」ではなく「思考放棄」のほうが適している。

どこが違うのかって?

「思考停止」だったら、新しい状況になったり、新しい情報が得られたときは「思考再開」すればいい、だけど「思考放棄」しちゃったらそれまで、そこから進むことはできなくなるってこと。

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思考停止と思考放棄空堀町のほほん奇譚

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