• You are here: 
  • Home
  • あんたのためにということばは いつ いかなる時も美しくない

あんたのためにということばは いつ いかなる時も美しくない

Posted on 11月 27th, 2011

あんたのために
ということばは
いつ いかなる時も
美しくない

この言葉は大島弓子の文庫本「サバの秋の夜長」に収めれている
「わたしの屋根に雪つもりつ」に出てくる

サバの秋の夜長は例によって人間の姿で描かれる猫、サバと
飼い主で有る所のわたし(作者)との日常における妄想のエッセイで

サバのノミ取りをしようとしたら抵抗されおもわず
「あたしがノミ取ってんのはね あんたのためになんだよ」と言ってしまうシーンで
欄外セルフつっこみとして登場する

ちび○子のナレーションのようにちょっとした息抜きの笑いのシーンなのだけど
妙に心の中に残る言葉だ。

「言葉にすれば嘘に染まる」と唄ったのは もんたよしのり だけど
「あんたのため」も言葉にしてしまった時点で嘘になるかもしれない言葉だ

行為は気持ちから発するが、伝えられるのは所詮行為のみであり気持ちについて
証明の手段は無く、行為を受けたものがその行為をどう評価するかは
受けたものにゆだねられるべき問題で「あんたのため」と言葉にした時点で
その評価を相手側に押し付けてしまうからだ。

そしておそらくそれは大島弓子にとって自分が描く漫画そのものが一体誰の為の物かという問いとして内在化していることから発せられた言葉だろう、それは彼女が優れたそして誠実な表現者で有る事の証明だといえる。

この言葉は物語の読者の多くにとってもやはり印象に残るらしく
ネットでちょっと検索をかければ、引用されているblog等が沢山引っかかる

とくにビビットな反応をみせているのがお母さん達だ、それはそうだ
「あなたのために~」という言葉を一番発していると思われるのが母親で
聞かされているのはその子供達だ。

躾というのは押し付ける行為であり、時に泣きわめく我が子にも教えなければいけない
それは子を愛する親にとっても辛い事で有り、その辛さゆえ「あなたのために~」と思わず同意を求めてしまいたくなるのだ。

そしてこの、本当に「あなたのため」なのかという問いは母親に突き刺さる
「良い子にしていてくれた方が自分が楽だからなのではないか?」そう思った瞬間に叱っている自分を正当化できなくなり、何が正しいのか解らなくなって足元が崩れ落ちて行くような恐怖が母親に襲いかかるのだ。

そんな母親達に「いつ いかなる時も美しくない」というのはいささか厳しいのかもしれない。
しかし、この言葉をうしなっては少しでも良い躾、教育には辿り着けない。

そう躾、教育とはすべからく美しくない物で有るべきなのだ。

だが、だがしかし、である。
美しくない事を我が身に引き受ける行為の崇高さこそ美しいと言えるのではないだろうか。

「どぶねずみみたいに美しくなりたい」と唄ったのはブルーハーツだ
「姫様は、こんな手を好きじ ゃというて下さる。働き者のきれいな手じゃというて下さる」とは風の谷のじぃやたちの台詞だ。

僕は世の中のすべての母親達にこの言葉を送りたいと思う。

LINK

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - あんたのためにということばは いつ いかなる時も美しくない
Share on Facebook
Post to Google Buzz
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Livedoor Clip
Share on FriendFeed
あんたのためにということばは いつ いかなる時も美しくない空堀町のほほん奇譚

Filed under 漫画 |

One Response to “あんたのためにということばは いつ いかなる時も美しくない”

  1. cheap RS Gold さん:
    5月 28th, 2016 at 10:40 AM

    I let myself become a fool .

よろしければコメントをどうぞ


8642→

カテゴリー