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先ずは立ち上がれ、そして新たな一歩を踏みだせ。

Posted on 11月 18th, 2011

二足歩行の困難さは重心移動時に安定不安定を交互に繰り返す事に有る
直立という重心の安定状態から一歩踏み出した瞬間に重心の不安定な状態が生じ、身体が倒れて行くのを踏み出した足でささえ再び安定を取り戻す、この繰り返しが歩行であり、踏み出した足が身体を支えるのに失敗した場合崩れたバランスはそのままとなり転倒する事に成る、ある意味人間はコケルことで歩いているのだ。

閑話休題
「我々は何処から来て、我々は何処へ行くのか」というキーワードが小説や漫画に目立ちだしたのは1980年頃からだったと記憶している、僕自身がそういった物に強い興味を示す年代に入ったというのもあるだろうが、ポストモダン、バブル景気なども同年代なので一定の傾向はあるにちがいない。

「我々は何処から来て」については岸田秀がその本の中で実にすっきりと理論体系化してくてれいる、我々は行動原理をDNAから解き放ち、脳内原理によって社会を成す生き物となった、そんな物語が「唯幻論」では語られる。
残念な事に「唯幻論」は不価値論であり「我々は何処へ行くのか」については一切の解を与えてはくれない、「せめて周りに迷惑かけないようにしましょう」という岸田秀のお願いが控えめに語られるのみだ。

ポストモダンの相対化が陥る罠はココに有る。

新たな世界を切り開くための筈の論が、全てを無に帰したのだ。
踏み出した筈の足は大地を踏みしめることなく空をきった、バランスを失った世界は転倒するしか道は無い。
自分探しの迷宮に不用意足を踏み入れたものは横たわり、幾ら本人たちが前へ進んでいるつもりであっても、地面で足をばたつかせる駄々っ子に成りはてるのみだ。

ニヒリズムは役には立たない、坐して果てるつもりで有れば批判者として毒を呑むのも良いだろう、ただ前に進みたければ方法は一つだ、論理的に正しい生き方など存在しないのを承知で正しいと信じる道を目指す事だ、人間はコケルことで歩いていけるのだ。

先ずは立ち上がれ、そして新たな一歩を踏みだせ。

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先ずは立ち上がれ、そして新たな一歩を踏みだせ。空堀町のほほん奇譚

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