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心洗われるわぁ

Posted on 2月 28th, 2012

我らがライフデバッガー高木浩光センセーが
PASMOに電凸しておられます。
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20120226.html

いやぁもう心洗われるわぁ

嫁をいびる姑の如く、真綿で担当者の首を
きゅぅ~~~~ぅ~~~っと締めて行く感じがたまらなく
(・∀・)ニヤニヤが止まりません。

個人情報保護方針を持ちだしたところで(つづく)とか
もうたまりません。

追記
高木浩光センセーの続報
パスモは乗車履歴を第三者提供? 他社のビッグデータに取り込まれる可能性
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20120227.html#p01

この文章を熟読した後、
前出の電話での会話を読み直すとさらに味わい深いです。

「個人情報保護法」「利用契約」「企業倫理」「社会的通念」そういった
ものが実に明確に高木センセーの頭の中にマッピングされており
その境目に対して「お前はどっち側だ?」の問いを的確に
アクティブソナーのように矢継ぎ早に発せられていた事が確認できます。

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被匿名発言

Posted on 2月 21st, 2012

匿名での発言が時に無責任さを生み、過剰な方向へ盛り上がったりするのは
既知の問題で、良く言われる話なのだが。
被匿名への発言もまた問題を孕んでいるのは見過ごしがちだ。

「被匿名発言」は今僕が考えた造語なんだけど
「誰が発言したのかが解らない」ものを「匿名発言」と言うのに対して
「誰に向かって言ってるのか解らない」ものを「被匿名発言」と言うと
思っていただきたい

ネットで、特にSNSのように比較的親密な距離で行うコミュニティーでは
誰か特定の人物に対してネガティブな発言を行う事に抑止力が働く。

それが、ちょっとした意見の食い違いや、ありがちな意見の対立で有れば
比較的発言もしやすく、実りある議論にも発展出来るかもしれないが

マナー違反への注意のように上から目線になりがちな内容で
相手が目上であったり、話題中心になる人物だったりすると言い難い物だ。

で、言い難いので我慢をすればいのだが、我慢するのも中々辛い
一度で済めば忘れる事も出来るが繰り返し行われたりするとそのたびに
ストレスになるし、見過ごす事で同調者が同じ事を始めないとも限らない。

さてその時にしがちなのが「被匿名発言」だ
直接言うのがはばかられるので対象をぼかし一般論として語ろうとする試みなのだが
これがちょくちょく誤爆する(^^;

とうの本人がどこ吹く風なのに、全然気にしてなかった無関係な人が
「それは僕の事ですか!!!!」と怒ってレスしてきたりするのだ
「あなたじゃないんだよ~」っと心の中で叫んでも後の祭り
こういうケースで反応するのは大抵「自意識過剰系」な人だから拗れる拗れるw

挙句の果てに「まぁまぁまぁ」と割って入るのが件の人物だったりして
泣きっ面にハチとはよく言った物である。

そんな感じで「被匿名発言」はいらぬ火種となる事が有るので
発言をする場合は発言対象について明確になるように十分気を使って書きましょう
というお話でした。

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ポジショントーク

Posted on 2月 13th, 2012

ポジショントークがつまらないのは、
ポジションは結論であって、結論を固定した論がつまらないからだ
大事なのはポジション(結論)に至るまでの経路、理路なのだ。

例えば
「牛丼屋は松家がいい、なんたって並盛が280円で食べられる」と
言った場合、ポジションは「牛丼屋は松家がいい」で
経路・理路は「並盛が280円で食べられる」になるが、
その後
牛丼が400円に値上がりした場合に、経路・理路をたどりなおせば
「並盛が400円で食べられる」より「並盛が380円で食べられる」が
妥当となり「牛丼屋は吉野家がいい」と新しい結論に辿り着くはずである

が、ここでポジショントークが発動すると
「牛丼屋は松家がいい、この玉ねぎの味は吉野家には出せない」と結論から
有利な別の経路・理路を持ちだされ、なんやねんそれ!となる訳だ。

これが「松屋が値上がりしたので吉野家に食べに行ったが、どうにも口に合わない、
これならば多少高くても松屋の玉ねぎを味わいたい物だ」と
経路の変遷まできちんと語られていれば説得力もあるが、
過去に「並盛が280円で食べられる」と言うついでに
「牛丼何てものは各社どうせたいした味でも無いのだから値段が安いのが全てだ」などと
言っていたりすると目も当てられない。

さて以上で経路・理路の重要性はおわかりいただけたかと思うが
経路・理路さえしっかりしていればそれで良い、という訳でも実は無い
ポジションを求められる場合もあるからだ

「お前のお薦めの牛丼屋は?」と問われて
「値段でいえば松屋が一番安いが、吉野家の汁も捨てがたい」などと
何時まで経ってもぐるぐると道をたどるだけで、一向にポジション
(結論)が出ないのもそれはそれで困りものだからだ。

ここは是非「吉野家が好きですね」といいつつ「予算とかあります?」と
さりげなく他の要素について確認するのが牛丼通というものだ

ん?「牛丼通の話はどうでもいい?」
おっと失礼、とんだポジショントークをしてしまったようだ、桑原桑原。

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「お客様意識」

Posted on 2月 10th, 2012

僕もね誰かの「お客様意識」を非難する事はあるのね
でもそれは、相手が僕と同等の立場な時なの。

お客様であるかないかってのは
「おもてなし」を「する側」か「される側」かって事なの。
どちらでも無い同じ立場なのに
「おもてなし」されようとする人がいるから
「お客様意識」と非難されるの。

あとね「顧客」と「お客様」は重なる部分も多いけど別物なの
「お金払ったんだからサービスしろ」ってのを「お客様意識」と
非難しているケースが有るけどね、これね
「払ったお金に見合うだけのサービスしか出来ねぇよ」って反論も出来るの
だから「お客様意識」自体に問題が有るんじゃなくて
「対価」の認識にずれが有るって話なの。

「顧客」と「お客様」が違うのはそこ
本当のお客様にするおもてなしに上限とかないの
大事なお客様であればあるほどおもてなしに贅を尽くすの

そしてコレは一方的な話では無くてね
おもてなしを受ける側には受ける側の礼と言う物が有って
そういう「正しいお客様意識」というのもあるはずなのね

だからね「お客様意識」って単語を見たり言ったっりするときは
なんとなくステレオタイプに使ってないか、
ちゃんと頭で考えた方が良いと思うよ。

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お薦めblog

Posted on 2月 9th, 2012

「遺言」
http://hashira.exblog.jp/

だぶん一般人のおばぁちゃんのblogだとおもうのね
何を検索して辿り着いたか忘れたんだけれど。
なんか、言葉が良いんだよね。

うん、お薦め。

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